トンコ 雀野日名子 著

トンコ
著者:雀野日名子
出版:角川ホラー文庫
発行:2008/10/25
評価:★★★★☆
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第15回日本ホラー小説短編賞受賞作品『トンコ』を含む短編集。

食用豚の視点から人間を描くことで、醜悪な人間存在を浮き彫りにする『トンコ』、主人公に友好的なゾンビを描くことで、主人公を虐待する人間の醜悪さをより鮮明に表現した『ぞんび団地』、死者に語らせるためにオカルトを導入し、本来のテーマである兄弟愛を際立たせた『黙契』の3編から構成。

トンコ

トンコ

★★★★☆
横転したトラックから逃げ出した一匹の食用豚トンコ。豚舎の兄弟を思いながらも本能のままにトンコは徘徊を始める。

そこでトンコは出会う。一見小奇麗だが狂った大人達や無知で凶暴な少年達と。しかし、それらの人々はどれも醜く救いようがない。

そんな醜悪な人間存在と、純粋なトンコを対照的に描いた、新たな視点からの人間観察物語。


本作では、本能しか持たないトンコの目を通して、無機質に人間達の言動が語られます。

それは、極めてありそうなものばかりですが、潰されるだけのために生まれた食用豚の視点によって、それが如何に醜悪で気違いじみたものかが浮き彫りになります。

しかし同時に、養豚場の従業員達のトンコ達への贖罪心も描かれていて、それが本書の救いとなっています。

ホラー小説という枠組みには全く当てはまりませんが、考えさせられる良い作品です。

ぞんび団地

★★★☆☆
ある街の閉鎖された一区画にある「ぞんび団地」。そこに住む不死の者たちは、本作の主人公あかねだけには何故か襲い掛からず友好的でさえあった。

そこはそれゆえ、学校での嫌がらせや陰惨な家庭から逃れられるあかねにとっての唯一の場所だった。

そんなあかねが考えた、崩壊していく家庭を立て直す術、それは家族もろとも「ぞんび」となることだった…。


あかねの視点で語られるメルヘンな文体は、ゾンビというグロテスクなものへの親しみを我々読者に起こします。

しかしあかねを虐げる両親のえげつなさは、この文体によって逆に増幅され、極端なケースではありますが人間の営みの醜悪さをより強調しているように思います。

この手法は『トンコ』にも共通に用いられており、本来忌まわしいものを善玉とすることによって、人間の醜悪さをより鮮明にしています。

黙契

★★★★☆
両親と死に別れた兄弟。妹のために生きてきた兄・良樹と上京し希望を持って生きているはずの妹・絢子。

しかし、絢子は自殺し骨となって良樹の下に帰ってくる。

充実した生活を送っているはずだった妹の自死に、良樹は自分を責めつつも疑念を抱く…。


一見、話はオカルトなんですが、それはあくまで道具立てのように思えます。

この物語でのオカルトは、死者の心境の発展を描くために導入され、兄弟愛という本来の趣旨を際立たせるために用いられているように思えます。

受賞時の著者コメントと選評

以下では、第15回日本ホラー小説短編賞時の著者による受賞の言葉と選評を紹介。
第15回日本ホラー小説短編賞
雀野日名子氏による受賞の言葉
実は怖い話が大の苦手なのです。幽霊と聞いただけで背筋が凍り付き、ホラーと目にしただけで逃げたくなる。心霊モノを読むとやりきれない思いになり、ゾンビ映画を見ると心が痛む―。ならばなぜホラーや怪談の賞に応募したのかと詰問されることもあります。物心つく頃から現在に至るまで、「怖いもの」を忌み嫌いながらも目を背けられない状況にいたるかもしれません。怖い話はイヤだと言いつつも、心のどこかでは惹かれていたのだと思います。
私のような者が描くホラーは、ホラー愛好家の方々にとっては「これはホラーに非ず」と唾棄したくなるものかもしれません。自分としてはむしろ、怖い話を苦手とする方々が「こういう話なら楽しめる」と感じていただけるものを書いていければと考えています。
第15回日本ホラー小説短編賞
選評
『トンコ』は、このまま純文学雑誌に出ても高い評価を得たはずだ。どこがホラーなのかよくわからないという声もあったが、食用豚の生き方が垣間見えて哀れを誘う。(林真理子)
『トンコ』はおそらく葉山嘉樹が生きていたら喝采するような寓話かもしれない。ブタのネタでここまで読ませた力を買う。(荒俣宏)

葉山嘉樹:小林多喜二にも影響を与えたと言われるプロレタリア文学作家。唯一既読の『淫賣婦』は以下のようなひどい話である。【ウィキペディア:葉山嘉樹

淫賣婦

船を降りた船乗りの青年は、呼び込みらしき男に倉庫らしき場所に連れていかれる。

通された薄汚れた部屋には、汚物とともに横たわる病に冒された22、3歳の女。青年は、その哀れな女に欲情してしまい強い罪悪感を感じる。

女が搾取されていると思った青年は、義憤に駆られて呼び込みの男に殴り掛かる。しかし。その義憤を向ける対象はその男ではないことを知り愕然とする。

呼び込みの男は、病に冒された女に場所を貸し、体を売らせる代わりに食事と薬を与えていたのだ。そして女は、ただ働き過ぎ、病にかかり、体を壊して、死を待つだけの存在になったのだった。

青空文庫:淫賣婦
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