無力感は狂いの始まり「狂い」の構造2 春日 武彦、平山 夢明 共著

無力感は狂いの始まり「狂い」の構造2
扶桑社新書
(2010/09/01)
春日 武彦、平山 夢明 他
★★★☆☆
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正気じゃない人間・出来事についての、ホラー小説家と精神科医による対談集。

鬼畜な事件の蒐集にシリアルキラーへの取材経験、広範な変人・奇人の人脈を持つ小説家である平山夢明。そんな平山氏から語られる狂人の事例や分析は、それだけでも人間の狂気についてかなりの知見が得られる。また、臨床経験豊かな精神科医である春日氏も、社会人とは思えないほどの過激な意見や体験を語っていて、精神科の患者や医療従事者について忌憚ない姿や心中を知ることができる。

しかし彼らは、異常な事件を嬉々として語り、薄っぺらな愛とか善とか正義をこき下ろしているので、読者の間口は狭いかも知れない。

また本書では、野放図に喋る平山氏の話を、春日氏がまとめつつ関係するケースや意見を述べたりするだけなので、狂気の本質や『狂気の構造』がわかるという本ではない。そもそも、何か話し始めても結論もつけずに、次の話に移ったりする。

しかし、平山・春日両氏は日本屈指の狂気の蒐集家であることは確かなので、彼らの雑談は沢山の事例を元にした考えるための土台として、若しくは自身や身近な人々などの個別事例を分析するのに為になると思う。

さらに読み物としては、テンポよく彼らの膨大な知識や体験が披瀝され、何より面白い。しかし、マニアックなホラー映画や文学が多く参照されるので、わからない人にはついていけないかもしれない。

無力感がどう狂いの始まりなのか

ところで、本書のタイトルにもある「無力感」とは、どんな感覚で、どういう風に「狂いの始まり」なのかということについて言及しておきます(本書のなかではかなり議論が錯綜しているので)。

「無力感」の本来の意味は、
自分の力の無さを意識しての失望感。【広辞苑】
ですが、本書の中ではコンプレックスとかも含む、より一般的な感覚として捉えられています。そして、この「無力感」にどのように対処していくか、ということが重要だと春日氏は語ります。

平山的には、
自分を肯定する善性努力と結果のアンバランスを認めていくことで自分の限界を知り、それをまた自己肯定に戻す作業(p. 122)
をしていくのが、まっとうな人間の対処の仕方だけど、春日的にはこれをせずに平気で文脈を変えてしまう人間がいて、そういう奴がヤバイってことを云っています。

それは、挫折したり願いが叶わなかったりしたときに、それを認めずに異なる論理で自分を騙しおおせてしまう、若しくは抜け道を作って逃げてしまう奴です。

例えば、ストーカーの
あの女は俺のことを好きではない。それはそれでいいと。その代わり、俺はあいつが行くところ全てにつきまとって、馴染みの場所を全部潰してやったら俺の勝ち(p. 123)
的な発想です。

こういう風に、何も解決していないにもかかわらず、それを見ないで違う方向に突っ走ってしまう、それが「狂いの始まり」に繋がるとのことです。


第1章 無力感が人を狂わせる

狂気の世に思うこと、再び

「鬱病です」って言えばオーケーな世の中ってどうなのよ。

平山夢明的怪事件

三鷹の学生寮に侵入した、液状化した死んだ子供を持ち歩く男の話。

赤ん坊の足を折る女

栃木県足利市の28歳の女が、「赤ちゃん抱かせてください」と母子に近づき、赤ん坊の両太ももを折る事件の話。

画素の荒い人たち

殺人者とか、暴力団の「暴力装置」には画素の荒い人が多い。平山がKKKに取材した話もあり。

秋葉原通り魔・想像力の射程距離

パーソナリティ障害系は、空虚感を抱えている。そして、変に合理的でロボット的。

人はなぜトラウマに負けるのか

人間は何かと苦手なものを克服しようと、それに飛び込んでいく。しかし、それが失敗の元。その上、乗り越えるといいつつ、負けることを期待している部分がある。

妖怪ケツだけ親父

平山の友人の話で、湯船からでた親父のケツという映像にトラウマ。

不平不満のぬるま湯

人間の基本パターンは、見慣れた生活の安住。精神科医が低値安定を高値安定に持っていこうとしても、かなりの抵抗があるらしい。

「無力感」が狂気を生む?

春日は、世の狂った事件や妙な出来事は無力感からくる、と考えている。精神科は患者単体で見る、というより家族単位で見る(治療する)。

「無力感」を前にして

とはいっても、無力感は普遍的に誰でもある。

締め切りへの「無力感」

平山は締め切り時にかなりジタバタする。平山は、『或るろくでなしの死』の『ある英雄の死』では、春日の『しつこさの精神病理』を読んで閃いたらしい。

追い詰められるシンクス

作品の品質、執筆のスピードが安定しないことを悩む、平山の心理を分析。

「無力感」こそが身を守る

無力感は痛みに近い。無力感が無いと、無痛症の人が大怪我するように、致命的な精神破壊に結びつく。春日によると、ナルシシズムは自己評価で、そのおこぼれが他者への優しさ。

血を出す人たち

平山にとって献血とは、「ブードゥーなこと」。献血するといいコトした気分になるから、ちょっとした自己肯定になるんじゃないとの春日。

これぞ男の無力感

癌などで前立腺を取ると、勃起する神経をやられて、勃起もしなくなるし精液も出なくなる。「タイタニック」で、もし二人共生き残ったらヤバイんじゃないという平山。「食えない、肺が弱くなっちゃった画家と、頭の弱いチャンネエ。これは淫売か美人局するしか食う術ないんだから。」と言う平山は、愛とか善とか正義は物語だけの話とバッサリ。

第2章 犬吠え主義者たちの饗宴

泣くことについて、再び

診察室で泣く人はだいたい、何らかの罪悪感で泣く。あと、自分では善人なつもりのばばあの話。

品のない狂気と大吠え主義

突然でっかい声で怒鳴ったりする、えげつない常識の破壊者の話。でも、平気で常識破られると、品を守る人は後手に回るしかない。場を制するのは獣化した人間。

必殺論点ずらし

話を整理しようとしても、感情論に持って行く奴の話。

百年経てば皆死ぬ

家族関係がグチョグチョでも、時間を置くしか術がないときがあり、そこで待てないカウンセラーはろくなもんじゃない。パーソナリティ障害で暴れている奴に、普通の人間に一本射ったら倒れちゃうような注射を何本射っても効かないことがあるらしい。

引きこもり百景

引きこもりは、家族全体で時間がフリーズしていて全てが棚上げ状態。つまりは、思考停止の産物。

偽モンクリ伯とフランケンシュタインの怪物

引きこもりは、引きこもった歳で女性の趣味や嗜好も止まる。10年の引きこもりは離陸するのに10年かかる。

引きこもり治し隊

無理やり連れ出しても、解決にはならない。

立てこもり主婦

突然数ヶ月、物置に篭もった主婦の話。

イソミタール面接

睡眠薬に近いものを注射して、ゆっくり入れていって寸止めにする。すると、抑制が外れたトロッとした状態になるから、話しかけるとペラペラ自白する。現在は、人権の問題で禁止。

催眠術とウソ発見器

潜在的に拒否しているものには催眠術の効き目はない。ウソ発見器は雰囲気次第で効いたり効かなかったり。

サトラレ妄想

天井に誰かが潜んでいる、という妄言を吐く狂人が多いらしい。

ボディ・スナッチャー

身近な人が偽物(替え玉)に見えてしまう人たちの話。

第3章 鬱と暴力と死体

遊園地で鬱は治らない

優秀だが鬱病な平山の知人の話。体が動かしづらいらしく、トイレにいくのに何時間もかかるらしい。

ローマ字ニュアンスで“UTSU”

一方、おでこ触って「今日ちょっと鬱っぽい」とか言ってる女子の知人もいて、彼女の場合は鬱じゃなくて「UTSU」らしい。

咄嗟の暴力

「本当の無力感って、自分を肯定する善性努力と結果のアンバランスを認めていくことで自分の限界を知り、それをまた自己肯定に戻す作業」と言う平山。猟奇犯罪や放火犯は、結果のアンバランスを認めずに、抜け道を作る、文脈を変えてしまうことで挫折を逃げおおせる。

ごまかしの手段・整形

整形すると、チープになるよね。

容姿に対する無力感

容姿のコンプレックスは親に作られる。

女性犯罪者とプロファイリング

なんで木嶋佳苗なんかに捕まっちゃたんだろうね、という平山に、「ぶさい女だからこそ、男が気分的に優位に立てるという構図がある」と春日。

未解決事件のミステリーと容疑者

世田谷一家殺害事件(2000年)のとき、プロファイリング的に春日のところに刑事が来た話。つまり、春日は怪しまれていた。

面倒くさい死体

人間の体は、驚くほど中身が詰まっている上に重いから、面倒。完全犯罪には、行方不明にするのが一番手っ取り早い。失踪届け出しても、事実上警察は動かないから。

そして死体を持て余す

死体の処理について、俺ならこうする的な話。暴力団が殺した相手を屋台ラーメンの出汁にした、手首ラーメン事件(1978年)っていうのがあったらしい。

有名殺人フォロワーとオリジナルな殺人

最近イギリスであった、ジャック・ザ・リッパーの模倣犯の話と、妊婦の腹に物を入れたという名古屋妊婦切り裂き殺人事件(1988年)の話。それから、帝王切開すると、血と羊水でびしょ濡れになるらしい。

第4章 正論という狂気

嫌な話が読みたい!

立松和平の『晩年』における『味の清六』。あれはいい、あんなに残念なことはない、との平山。

菊池寛の『三浦右衛門の最後』は、手足が千切られちゃう、積んでは崩すみたいな話。

高井有一の『俄瀧』では、突然の暴力性が色々と書かれている。平山の『他人事 (集英社文庫)』における『仔猫と天然ガス』みたいに。

黒井千次の『石の話―黒井千次自選短篇集 (講談社文芸文庫)』における『袋の男』は、ゴミ袋漁る話。

「純文学って案外さ、嫌文学かもしれない」との平山。

ひどい物語の宝庫「南部文学」

アメリカの南部文学はディープな酷い話が多い。
フォークナーの『サンクチュアリ (新潮文庫)』は最低文学。ノーベル賞とってるけど。
スタインベックの『ハツカネズミと人間 (新潮文庫)』は、ダメ人間文学。
カーソン・マッカラーズとフラナリー・オコナーは、最低人間の本当にゲスな話を書く。

一貫性の異常

狂った奴は、論理的だが優先順位がおかしい。

便所怪談~モダンホラー

最近平山が『厠の怪 便所怪談競作集 (MF文庫ダ・ヴィンチ)』で書いた『きちがい便所』の話。アンチトトロの世界に迫ってみたとのこと。

平山少年のモダンホラーな毎日

平山が育った川崎は、『シャイニング』のジャック・ニコルソンみたいなおやじばっかりだった。

モダンホラーの核心・正論は地獄の一里塚

出発点は正常な、正気な世界だったのに、いつの間にか狂気の世界にいるっていうのがモダンホラー。

世直しで人を殺す

善人を見ると裏があるように思えてならない平山は、ヒューマニストに「ゲスの勘ぐりじゃないの?」とよく言われる。

善と悪は拮抗しない

平山の考えでは、善人すぎる人、優しすぎる人は飲酒癖の悪いヤツ。アル中は、本当にひどい目、「底つき体験」に合わない限り治らない。それでも、暫くすると、たいがい元の木阿弥。

馴染みの病理・反覆行為

アル中の家風は、子にも受け継がれる。依存をコントロールするのは難しいから、もっと違う、例えば治療依存とかに対象を替えさせる。

誉め上戸の悲劇

飲むとついつい褒めてしまう平山。そいつが原稿とか送ってきて困ってるらしい。

第5章 ゲスさが足りない!

幼年期は愚行すべき!

春日は、じっと何かをしているような朦朧少年だった。しかし、子供はいつも猿のように野山を駆けめぐるべしというのが当時の風潮。

幼児期に経験する「殺し」は重要

いけない大人にならないために、子供の時にもっとリアルなグロい体験をしておけ、という趣旨の話。

殺育=サツイクの勧め

平山が提案する、殺しの授業。小学生で虫や両生類などの殺しを、中学生で鼠の殺しを体験させるという授業。あと、春日による藤枝静男の著作の話。『空気頭』とかの。

世に問う、サツイクの必要性

とは言え、死にさらせばそれに慣れるというのと、余計加速するという、両方の説があり得る。でも、平山的には加害者の意識を体験しておくのが必要とのこと。

支配欲と奴隷の時間

支配欲求の病化を防ぐために、いじめられっ子体験の必要性を訴える。

下劣な映画やドラマが足りない

最近では、平山は『外事警察』、『龍馬伝』、『ハゲタカ』、『チェイサー』がお気に入り。『龍馬伝』の暗さ、汚さが良いって。

変化するゲス感覚

最近のバラエティへの苦言。

ネット評論

ネット上の自分たちの書かれてることについての話。

モンスター患者と世直し病院

ゲスな理由で、救急車呼ぶなって話。

理屈の盲目が真実を見誤らせる

「自己肯定と他人への想像力が合体して、自尊心になる」との春日。一つの理屈だけでなく、別の回答も想像できるのが正常な人間。

引きこもり帝国の王様

愛知県豊川市での引きこもり男の、家族5人殺傷事件について。

血の酩酊

引きこもり男が、ちっちゃい子も殺してることについての話で、一人殺してしまうと止まらなくなってバーサーカー状態になるよねっていう分析。

アメリカ的犯罪の背景を読み解く

一気に大量殺戮する日本に対して、アメリカでは延々と趣味で殺人するタイプが多い。アメリカはものすごく階級社会で、クラスが違えば文化も違う。

甘えと宗教

アメリカには甘えという言葉がなく、日本の飲み屋のママみたいな愚痴を吐ける人も場所もない。それと、アメリカにおけるキリスト教原理主義について。

狂いのDNA・平山家の場合

平山の母について、頭が固くて発想がゲスだっていう話。そして、俺がこんなんなのもしょうがないって結論。

脳の関門が開くとき

精神科の薬で、健常者だったら一発で死ぬような薬飲んでるのがいるって話と、平山のおかしい同級生の話。

巻き込んでくるヤツら

これも、平山のおかしい知り合いの話で、最近薬と酒で死んだらしい。春日によると、酒と薬を一緒に摂るのは、ロシアンルーレット。

トラウマはエロ発想のツボ?

脳についてのいろんな話。

オカルト青春期

中学生の頃は、オカルトがリアルだったって云う話。

関連リンク

「狂い」の構造
著者:春日武彦、平山夢明
出版:扶桑社
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