神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く 石井 光太 著

神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く (新潮文庫)神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く
新潮文庫
(2010/04/24)
石井 光太
★★★★★
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イスラム世界の「性」を扱ったルポルタージュ。著者が身一つで人々の話を聞き・感じたことが、本作では纏め上げられている。それは、現地で働くことや現地の人々と友人になり親密に話をすることによって為され、リアルな等身大のルポとなっている。

その中で著者が出会った、性転換手術を受けた者達や迫害を受けるニューハーフ、家族のために体を売って生計を立てる少年や、娼婦として働く少女達など、極底辺で生きる人々は未来に絶望しかありえないように見える。しかし彼らは、家族で助けあい普通に恋をしながら、現在をたくましく生きる。

これらの極底辺の人々だけではなく、住む家があり日々の仕事を持つ者達についても語られる。その人々の中には、性の戒律を僅かに逸脱した自身の子を殺さなくてはならない父親や、障害ゆえに嫁ぎ先のない娘をもらい守ろうとする男がいる。戒律故にそうせざるを得なかった前者も、イスラムの教えからそのような女を必死で守ろうとする後者も同じイスラムである。

このような、階層や地域で様々に異なるイスラムの「性」を、一人一人の物語として描いた本書は、ショッキングだが極めてドラマティックで得難い作品。

要約


「夜会」

インドネシアの首都ジャカルタ、町の中心部には高層ビルや高級ホテルが立ち並ぶ。しかしその片隅には、様々な理由で都市に流れ込んで来た、無一文同然の者達が住むスラムがあり、夜になればそこは巨大な赤線地帯になる。

著者はそこで、娼婦として働く15に満たない少女に出会う。紛争が続く地方で、兵士によって日常的に性の道具として扱われた彼女は、人身売買のブローカーを頼って都市に出て来た。日に何人もの客の相手をして、客に殴られるなどの大変な思いを経験しながらも、恋もする恥じらいも見せる普通の女としてたくましく生きていく。

「婆」

インドネシアの西北部にあるスマトラ島の最大の都市メダン、香辛料の香り漂うこの街は、夜になると立ちんぼとそれを買いにくる客の町になる。その娼婦や客を相手に、屋台や様々な怪しいスナックを売る者も現れてくる。

著者が出会った女性は、そんなスナックを精力剤として売る一人だった。40半ばのその女は、歯がほとんど無く老婆のような風体だったという。それは紛争地帯に住んでいたその女性が、兵士達の拷問に遭った末のことだ。そんな体ゆえ、男には愛されない。しかし、男を求める女としての感情はなんら普通の女性と変わることはない。それゆえその女性は、色んな男達に口でさせてくれと言ってまわる。ただ男と一緒にいたいがために。

感想

本著作では様々な地域におけるイスラムの「性」について述べられています。貧富の差が拡大する東南アジアでは、貧者を性の道具とみなす富者がおり、オイルマネーで潤う中東では出稼ぎに来た外国人を豊かなイスラムの人間が搾取するという構図があります。これらの富者には、外国人も含まれますが大部分はイスラムの人間です。

また、戒律が遵守されているのは変化の少ない経済的に停滞した地域で、それは宗教心というよりもむしろ世間体からのようでした。

これらのことから、どんな厳しい統制があろうとも人間の性は変わらないなあ、と思ってしまいました。



そして最近、「人は多くの富を手に入れるほど、そして社会的地位が高くなるほど、倫理に反する行いをする傾向が強まる。」ということを明らかにした、社会経済学・倫理学の実験がありました。WIRED.jp:「金持ちになるほど、ズルくなる」

やはり、人々の間に差異ができることは非人道的な行いに繋がるようです。これを解決するのはもちろん中産階級の最大化ですが、人類の歴史から見て極めて困難なスキームです。以前の日本は、それに最も成功した国家でしたが、現在はそれも崩れつつあります。
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